Shun Matsuzaka
2018年2月07日

イスラム教徒の若者のリアル

これまで日本のメディアにはなかなか取り上げられてこなかったイスラム教徒のミレニアル世代について、スペシャリストチームによるコラムが掘り下げていく。

(写真:Somewhere In America #MIPSTERZ)
(写真:Somewhere In America #MIPSTERZ)

イスラム教と聞いてどんな事を思い浮かべるだろうか?

私は2017年7月からマレーシアに移住しました。今までメディアで報道される情報でしか触れてこなかったムスリム(イスラム教徒)カルチャーに強い関心を持ったのが、移住の大きな理由です。イスラムの歴史や文化、特にアートや建築から日々大きな刺激を受けていますが、きっかけは数年前にSNSのタイムラインに流れてきたこのビデオです。

(写真:Somewhere In America #MIPSTERZ)

映像内ではアメリカのムスリムミレニアルズの女性たちをMuslimとHipsterを合わせた造語Mipsterz(ミップスターズ / 同様にヒジャブをかぶったヒップスター風の女性たちをヒジャブスターともいう)として紹介し、彼女たちの日常を切り取っています。

カラフルなヒジャブを身にまといながらスケボーやバイクに乗ったり、スポーツを楽しんだりするこの映像を見かけて、それまでイスラム教徒の断片的な情報しか持ち合わせていなかった私はカルチャーショックを受けました。

ちなみにネット上で、このビデオが宗教を売り物にしているのではないかといった議論になったそうですが、私にとっては彼らのライフスタイルや思想に強い興味が湧き、ムスリムカルチャーを何も知らないのは、世界の重要なパートを見過ごしているのではないかと気づかせてくれた貴重なコンテンツとなりました。

この映像を日本の広告業界の仲間やアーティストに見せると、私と同じように知らない世界に驚き新しいカルチャーを知って刺激を受けている様子を見て、俄然興味が湧くようになりました。

世界の2倍速で成長するイスラム教徒

米国の調査会社「ピュー研究所」によると、世界のイスラム教徒の人口は約18億人(2015年時点)で全世界の人口の約4分の1を占めています。またイスラム教徒は最も人口の増加の速い宗教であり、世界人口の平均成長率の約2倍のスピードで増加しています。人口増加は今後も続き、2070年までにキリスト教と並び、 2100年には世界最大の宗教になると予測されています。

イスラム教徒というと中東のイメージが強いですが、全体の62%にあたる約10億人が日本から地理的に近い東南アジア地域に住んでいます。

そして、このイスラム教徒の若者たちが今、日本に強い興味を向けているのはご存知でしょうか?

次に行ってみたい国、日本

マスターカードが2017年実施したMMTR2017(マスターカード・ハラルトリップ・ムスリム・ミレニアル・レポート)によると、2000年に2,500万人だったイスラム教徒の旅行者は2020年に1.5億人を超え、2026年の旅行支出は3,000億米ドル(30兆円)にのぼると予想されています。そして同調査によるとイスラム教徒のミレニアル世代の人気旅行先として、1位マレーシア、2位インドネシアに次いで、日本が3位に選ばれています。

マレーシアとインドネシアは人口の過半数をイスラム教徒が占めるため、ハラルフードが充実していたり、モスクや祈祷室の多さなど、イスラム教徒が安心して旅行できる環境が整っています。日本は、非イスラム諸国の旅行先として1位ということになります。これは観光業や、その他のビジネスチャンスとしてはもちろんですが、日本人、特に20-30代のこれから国の中心を担っていく世代が個人レベルで見逃してはいけない兆しなのではないでしょうか。

前述の通りイスラムマーケットの成長は疑いようのない事実ですので、日本において国や企業が中心となり、ビジネスや旅行者に対するハード面でのムスリムフレンドリーな対応は急速に進行しています。一方、我々個人の知識や意識など、ソフト面としての日本はほとんど準備ができていない状態です。メディアで目にすることの大部分が限定的かつネガティブなこともあって、多くの人がそれ以上の情報を持っていません。

情報選択は個人の自由ですが、世界の4人に1人にものぼるイスラム教徒の若者が日本に興味を持って旅行しに来る中、彼らの思想やライフスタイルを理解していないでいることは、ビジネスはもとより個人レベルで大きな経験や学びの機会損失になるのではないでしょうか。

ちなみに前述したPewピュー研究所の調査によると、アメリカでも同様の状況がおこっており、多くの人が連日の報道に影響を受けて限定的な情報と印象しか持っていないそうです。

ブランドがイスラム教徒に光を当てる

昨年ナイキがイスラム教徒の女性用スポーツウェア「Pro Hijab」を販売しました。イスラム教徒でも女性でもない僕ですが、一人のスポーツファンとしてナイキのアクションがとてもクールに見えました。そしてこのPro Hijabの発売を通して、僕と同じようにイスラム教徒の女性もテンションの上がるウェアを着てスポーツを楽しみたいんだ、という当たり前の事実をリアリティを持って理解し、ナイキというブランドをまた少し好きになりました。ナイキの他にもグッチやユニクロなど、ここ数年でイスラム教徒に向けた製品開発を積極的に行いコミュニケーションを行うブランドは枚挙にいとまがありません。


私たちがイスラム教徒を理解するための情報に触れる機会が圧倒的に少ない状況の中で、親しみのあるブランドが、イスラム教徒が普段どのように考え生活しているのかを発信してくれることは、とても意味のある活動だと思います。

イスラム教徒の若者のリアルを発信する

私がマレーシアオフィスに日本人のクリエイティブディレクターとして着任して、ムスリムカルチャーを学ぶことを自分の中の大きなミッションに掲げていましたが、イスラム教徒に囲まれて日々の生活を送る中で、学ぶだけではなく伝えることをしないと、日本やその他の非イスラム国家の距離はなかなか縮まらないと課題意識を持つようになりました。

そして情報が溢れかえる世界で、歴史やデータを定型的に発信するだけでなく、イスラム教徒のリアルな日常を工夫を凝らして紹介したり、アートやスポーツなどを通して、時に有機的に交流させながら発信をする努力が必要なのだと考え始めました。

そこで、マッキャンのアジア太平洋地域のイスラム教徒の仲間を中心に「MUSLIM NEXT」というイスラム教徒の若者に特化したスペシャリストチームを立ち上げ、クライアントサービスに加えて、リサーチやプロダクト・サービス開発などをスタートすることにしました。

これから、このコラムでは、MUSLIM NEXTのメンバーがミレニアル世代のイスラム教徒に関する真実を発信してきたいと思います。ビジネスだけでなく、カルチャー、ライフスタイルなど様々な視点を織り込みながら、イスラム教徒と私たちの共通点 、違う点、学ぶべきところ、気をつけるべきことなどを紹介できればと思います。また、社外の有識者やプロフェッショナルの方々にも執筆をお願いしながら、日本と非イスラム圏の人たちへ、ムスリムミレニアルズについての真実を立体的に解き明かしていければと思います。

(文:松坂俊 編集:田崎亮子)

松坂俊氏は、マッキャン・クアラルンプールのデジタルクリエイティブディレクター。2015年にグローバルイノベーションプロジェクト「McCANN MILLENNIALS」を設立。日本の大企業の若手有志団体のプラットフォーム「One JAPAN」で、グローバル・クリエイティブ担当の幹事も務める。

提供:
Campaign Japan

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