David Blecken
2018年10月19日

電通、スポーツ系スタートアップとの関係を強化

データとビジネスで新たな方向性を示し、東京をスポーツ分野のイノベーションのハブに −− 電通の更なる戦略を探る。

電通は来年開催するプログラムで、日本をスポーツテクノロジーの世界的ハブにしようと目論む(写真:BT Image / Shutterstock)
電通は来年開催するプログラムで、日本をスポーツテクノロジーの世界的ハブにしようと目論む(写真:BT Image / Shutterstock)

今月初旬、スポーツ分野のイノベーションを世界規模で支援していくアクセラレーション・プログラム「Sports Tech Tokyo」を、米ベンチャー投資会社スクラムベンチャーズ(Scrum Ventures)と共同で開催すると発表した電通。様々な業種のスタートアップからアイデアを募り、メンタリングやネットワーキング、投資面などでサポートしていく取り組みだ。これに先立ち、日本政府はスポーツ産業市場を2025年までに15兆円(約1338億米ドル)規模に拡大する方針を発表した。この動きは何を意味するのか。

Sports Tech Tokyoは電通の広告ビジネスと直接的な関わりはない。だが同社フューチャー・ビジネス・テック・チームで事業開発ディレクターを務める中嶋文彦氏は、「スポーツファンのためのインフラ(発券サービスなど)を創造する会社は価値あるデータを大量に生み出せる」と話す。「マーケティング界ではファンのエンゲージメントはいまだ手付かず。ですからそれを把握する手段を編み出そうというわけです」。

このプログラムのより大きな狙いは、「東京をスポーツテクノロジー産業の首都にすること」。そしてスポーツ関連企業が「エンターテインメントやヘルスケアといった分野に進出していくのをサポートする」趣旨も。「こうした展開は、電通本来のビジネスに大きなチャンスをもたらします」。

中嶋文彦氏


電通が期待するのは米国や東南アジアのスタートアップの参加だ。イノベーションに関しては、中嶋氏は主に3つのメリットを挙げる。1つめは、プロやアマのアスリートのトレーニングを肉体・メンタル両面でサポートすること。2つめはテレビやライブイベント、仮想現実(VR)などを通したオーディエンスの視聴体験の向上。これは特に「eスポーツなどの分野に関わってくる」。そして3つめが、指紋認証技術や支払システムといった競技場に入るまでのプロセスの強化だ。

近年開発された様々なイノベーションは、Sports Techとは直接関係なくとも「将来を楽観させる」と同氏。アスリートの動きを分析するスマートアパレル、個人情報を保険会社に伝えるデバイス、スポーツチームへのマイクロスポンサーシップ制度などなど……。だがこのプログラムでは「まったく新しい、予想もつかないようなアイデアを期待しています」。

電通とスクラムベンチャーズは応募者の選考を共同で行うが、「ビジネス拡大の潜在力を示せることが、選ばれる上では不可欠」。スポーツ以外の分野に応用できる可能性も「大きなプラスになる」とも。それはすなわち、スポーツ産業の躍進を達成するため、政府が異業種間の協働を奨励していることと符合する。

ひとたび選ばれたスタートアップは、東京とサンフランシスコで150〜200人のメンター(助言者)へのアクセスを得られる。電通とスクラムベンチャーズは目下メンターの獲得に動いているが、プロスポーツチームの選手や関係者、テック業界のスペシャリスト、ベンチャー投資家などから構成される見通しだ。これまで参加が決まったのはLINEベンチャーズのキム・ヒュン氏、NBAゴールデンステート・ウォリアーズのダニエル・ブルシロフスキー氏、スタンフォード大学アメリカンフットボール部コーチの河田剛氏など。

更には、スポーツアドバイザリーボード(諮問委員会)に参加する「影響力あるメンバーとつながりができることもメリットです」。ただしボードメンバーはまだ未定で、今月下旬に発表される予定とか。

ではスポーツチームやイベントのスポンサー企業は、このプロジェクトで果たせる役割はあるのだろうか。「スポンサーとしてではなく、共同パートナーとしてならば可能です。『スポンサーシップ』という言葉にはネガティブなニュアンスがある。企業にとってもおカネを投資するより、知識や所有不動産などの資産でスタートアップを支援する方が好ましいでしょう」。

同志社大学大学院ビジネス研究科教授でスタートアップとも協働する須貝フィリップ氏は、「スポーツ界で大きな存在感を放つ電通にとってこの動きは自然なもの」と話す。「eスポーツは肉体的な能力を問わない(いわゆる)スポーツと競技会のニューモデルがあることを示しました。スポーツベンチャーを支援するこのプロジェクトで、電通はスポーツマーケティングとスポンサーシップにおける新たなトレンドをいち早くつかめるでしょう」。

「スポーツテックへの投資は日本にとって理にかなっている」と話すのは、テクノロジー関連のパブリックアフェアーズを専門とし、コンサルタント会社「マカイラ」の藤井宏一郎CEO。「日本は常にセンサー技術やロボット工学、リアルデータの分析などに長けていました。これらはアスリートのパフォーマンスの向上や、テクノロジーを基礎にした新たなスポーツの開発に不可欠な技術ですから」。ただしeスポーツのような分野では「他国市場より遅れをとっているので、するべきことがまだたくさんある」とも。

「電通が持っている日本のスポーツ界の情報や知識は比類のないもの。広告のビジネス規模が縮小していることを鑑みれば、新たに多くのビジネスモデルや収入源に結びつく新種のスポーツテックに進出するのは当然のことでしょう」

ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパンでデジタルの責任者を務めるマルコ・コーダー氏は、「電通はシンプルかつ説得力ある言葉で自社の事業を伝えることが不得手です。ブランディングの知識を持つ企業と関係を持つことが利になるでしょう」と話す。更に「スタートアップが常にシリコンバレーと同価値ではない」とも。「日本をスポーツテックの世界的なハブにするには、ほかの要素が必要」。

「シリコンバレーがスタートアップの中心地にならなかったのは、シリコンバレーには様々な要素があるべきだと考えた人間がおり、それにおカネを費やしたから。『シリコンバレー・スタイル』というのはビジネス文化や企業家精神、哲学、個人的信条、そしてエコシステムを強化する他の要素などが入り混じったものなのです」

「この文脈で考えれば、長期にわたって継続するビジネスを創出する日本の特徴は大いに活用できる資産」と同氏。「『持続可能なスタートアップ』という概念が、将来的に『日本スタイル』をつくる刺激的かつ意義深い要素となるかもしれません」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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Campaign Japan

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